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X線・中性子散乱による液体の構造とダイナミクスの研究

原子レベルで液体を眺めると、液体分子は自由に運動しており、結晶のように周期的な構造を持たない。しかし、気体のように分子間相互作用は無視できない。液体では液体分子は短距離秩序を形成しており、この液体分子の構造や運動が液体の複雑な性質を決める。 液体は様々な化学的・工業的・生物学的プロセスにおいてその機能性を発揮している。液体のもつ複雑な機能の発現原理を分子レベルで解明するために、主にX線・中性子散乱を手段として、有機液体や水の構造とダイナミクスを研究している。液体分子の相互作用とマクロな液体物性の関連、疎水性水和や疎水性相互作用の分子論的起源、タンパク質のアルコール変性の機構、ナノ細孔中における水の動的挙動、超臨界流体中における化学反応の機構解明が主な研究テーマである。

I. 中性子X線散乱で見る液体のダイナミクス

 液体のダイナミクスの研究では、分子間ポテンシャルを仮定して計算機シミュレーションを行う方法がよく採用されている。しかし、分子間ポテンシャルの決め方に任意性があり、計算による物性評価法の弱点となっている。中性子・X線散乱では液体のダイナミクスを反映する動的構造因子や中間散乱関数を直接に観測することが可能であるため、これらの関数から液体の物性評価を行った。また、実測された関数を計算値と比較することにより、計算機シミュレーションで用いられる分子間ポテンシャルの検証も可能である。ベンゼンやメタノールなどの液体のダイナミクスや、ナノ粒子分散溶液、リチウム電池電解液などのダイナミクスを実験的に明らかにした。[J. Phys. Chem. B in press, Chem. Phys. Lett. 680, 1-5 (2017), J. Phys. Chem. B, 121 (21), 5355-5362 (2017), J. Mol. Liquids 222, 395-397 (2016)]
Fig. 1. 液体のダイナミクス研究の概念図およびEPSRモデリングで計算されたリチウム電池電解液の溶液構造

II.ナノ細孔中に閉じ込められた溶液の構造とダイナミクス

 ナノスケールの細孔に閉じ込められた水は安定な過冷却状態を実現するなどバルクとは大いに性質が異なり、生体内の不凍水のモデルとして注目されている。細孔径がそろった多孔性シリカガラスの一つであるMCM-41に吸着された水について、中性子スピンエコー法を用いて細孔水のダイナミクス測定した。細孔中の水分子の運動はバルクに比べると遅いことと、緩和時間に分布があることを見出した。また、細孔水の緩和時間の温度依存性に230K付近で変曲点が存在することがわかり、水の異常性(4℃で最大密度をとることなど)を説明する水の第2臨界点仮説との関連を議論した。[Pure Appl. Chem. 85, 289-305 (2013), 分析化学, 61 (12), 989-998 (2012), Anal. Sci. 28, 639-41 (2012), J. Phys: Condens. Matter 24, (2012) 064101, J. Chem. Phys. 129, 054702 [1-11] (2008) ]
Fig. 2. 中性子回折とEPSRモデル法により明らかにされた細孔内部の水の構造(左図は、メソポーラスシリカMCM-41中に閉じ込められた水、右図はある水分子の周囲の他の水分子の分布を表わす

III.アルコール水混合溶液のミクロ構造とタンパク質の構造変化

アルコールと水は巨視的には均一に混合するが、ミクロにはアルコール分子や水分子がのクラスターが形成し、ナノ不均一構造が見られる。このナノ不均一構造が混合溶液の様々な物性変化や溶液中での化学反応と関連している。アルコール水混合溶液でのタンパク質の構造変化に着目し、タンパク質のアルコール変性の機構を溶液の観点から明らかにした。 [J. Mol. Liquids 189, 1-8 (2014), Z. Naturforsch. 68a, 145-151 (2012), BBA - Proteins and Proteomics 1824, 502-510 (2012), Phys. Chem. Chem. Phys. 12, 3260-3269 (2010), Pure Appl. Chem. 80, 1337-1347, (2008), 福岡大学理学集報, 37(1), 23-31 (2007), Chem. Phys. Lett. 412, 280-284 (2005)]
Fig. 3. レプリカ交換分子動力学法により計算された、水中ならびにエタノール中での10残基ペプチドの溶媒和構造

IV. 超臨界水およびアルコールのクラスター構造

 超臨界状態とはある温度以上で、圧力を変化させても液体と気体の相転移が見らない状態をいい、水などの水素結合性液体では一般に高温高圧状態である。これまで超臨界水や超臨界アルコールおよびその混合系について、中性子小角散乱を測定した。超臨界状態では、密度の粗密(クラスタリング)ができている。超臨界流体においても分子間相互作用によって生じる流体特有の構造が残っており、それが超臨界流体中での化学反応にみられるような独特の機能と結びついていることを示した。また、超臨界水のX線非弾性散乱測定を行い、水分子のダイナミクスからクラスターの生成・消滅現象を観測した。[Chem. Phys. Lett. 440, 210-214 (2007), J. Phys. Chem. Sol. 66, 2246-2249 (2005)]

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