実験装置



装置のスライドショー

蛍光用真空チャンバー イオン検出用真空チャンバー 波長可変レーザーセット モノクロメーター シグナル取り込みセット ラマン装置

研究概要

当研究室では物質に光を当て、その振る舞いから分子の構造、性質等を調べる分子分光学と呼ばれる手法を使い、 量子化学的考察に基づいてその結果を解析し、分子の構造、性質等を研究しています

1.極低温気体中におけるレーザー分子分光

テーマ1に関しては、通常我々の身の回りには液体、固体として多くの物質が存在しています。 しかし凝集相と呼ばれるこのような状態は常に周りの分子とお互い影響しあっています。 例えば化学反応を行うときに、溶媒によって目的の化学反応がうまく行ったり行かなかったりということはよく経験します。従って、分子本来の生の姿を見るには、周りから全く影響を受けない状態で実験を行う必要があります。気体の状態はまさにこの目的に合致するのですが、通常の温度での気体状態分子の運動は激しすぎて細かい議論を行うことができません。従って、低温の気体を得ることが出来れば非常に細かい情報を分子から引き出すことができます。しかし、分子の運動を押さえるには低温にすればいいのですが、気体分子をそのまま低温にすると気体は液体になり、さらに冷やすと固体になってしまいます。よって、ただ温度を下げるといった通常の方法では固体が得られるにすぎません。テーマ2はまさに極低温の気体を得る方法で、高真空にした容器(約1億分の1気圧)の中に小さな穴(1mm程度)から気体分子を噴出させることで、瞬間的に低温分子を得ることができます。温度でいえば数ケルビン(−270℃程度)という極低温の気体を得ることが可能です。従って、真空中に分子が1個浮いた状態を、それも非常に低温の状態で達成できます。この方法は超音速分子線(supersonic molecular beam)と呼ばれ、これらの分子にレーザー光を照射することによって、目的分子の非常に詳細な構造や運動状態についての、分子のもつ基本的な情報を得ることができます。近年の電波天文学の進歩によって宇宙空間には、地球上では不安定なため、すぐになくなってしまうイオンやラジカルなども多数存在することが分かっています。これは宇宙空間が非常に低温で真空状態になっているため、このような不安定な分子と反応を起こす相手が周りにほとんどいないためです。このようなミニ宇宙空間を実験室で作り出す方法が上記に述べた超音速分子線法です。このような不安定分子種は化学反応の中間体としても重要ですが、不安定なためなかなかその姿を直接見ることはできません。従って何らかの方法で不安定分子種を作り出して、それを上記の方法で真空中に放出してやれば、不安定分子種について調べることも可能です。 当研究室では放電法を用いて、様々なラジカルやイオンなどの不安定分子種を作り出してその構造等を調べています。

また、上記の方法では非常に極低温の気体が得られるので、 非常に弱い相互作用で結びついた分子なども観察することがで来ます。 例えば、He 原子は不活性ガスで通常の条件では他の分子と化学結合を作ることはありませんが、 上記の方法を使うとHe2のような非常に弱い力で結びついた「ヘリウム分子?」も作ることができます。 このような方法を使うことにより、着目している分子に1個、2個と溶媒分子を付けていき、 溶媒和の初期過程を見ることができます。例えばある分子が水に溶ける場合を考えてみれば、 まず着目している分子に水を1個付けて、次に2個、3個と増やせば最終的に水に溶けた状態を作り出すことも可能です。 この時に着目した分子にどのような変化が起こるのか調べることにより、 この分子の水へ溶けるという現象をより詳細かつ精密に調べることが可能となります。

2.量子化学計算による構造最適化と振動数計算

構造最適化とは、与えられた初期幾何構造からその幾何構造の中で最も安定なエネルギーをもつ構造を計算し、 複数の異性体ならびその異性体に対するクラスター構造を得る方法です。

当研究室では基底状態の構造最適化及び調和振動数計算には密度汎関数法(Density Functional Theory : DFT)の 種々の汎関数である(B3LYP, cam-B3LYP, M06-2X, ωB97x-D)や、 非経験的(ab initio)分子軌道法の1つであるメラー=プレセット(MP)法という計算方法を用いて計算を行っています。 実際には、これらの計算方法と場合に合わせた「基底関数」を組み合わせて計算を行います。 分子は複数の原子から構成されていることから、分子軌道(Molecular Orbitals)を構成原子の原子軌道(Atomic Orbitals)の線形結合により表現します。 この際の各原子の原子軌道を表す関数が基底関数です。基底関数にはいくつか種類が存在します。
まず、最小限の軌道のみを考慮した最小基底系を挙げます。これは水素原子を例に考えると1s、炭素原子であれば1s、2s、2p軌道のみを考慮する方法です。
次にスプリットバレンス基底系を挙げます。最小基底系では各原子の原子軌道において一つの関数を割り当てているのに対し、 スプリットバレンス基底系は大きさの異なる複数の関数を割り当てることでより高精度な計算が期待できます。
また、スプリットバレンス基底系に分極関数と呼ばれるものを同時に使用することで、 分極基底系というさらに高性能な基底関数を得ることができます。 水素原子を例にとって考えると1s軌道のみではなく2p軌道も持つとします。 これにより電子が存在する場所をより広く考えることでさらに柔軟性の増した計算をすることができます。 上述の6-311G基底関数に分極関数を加えると6-311G(d,p)と表すことができます。
また、これに分散関数を加えることがあります。分散関数を使用することによってVan der Waals結合や 水素結合といった弱く結合長の長い結合において精度を高めることができます。 これまでの基底関数に分散関数を取り入れた場合、6-311++G(d,p)と表現できます。

構造最適化の計算結果によって分子及びクラスターの安定構造や軌道エネルギーを得ることができ、 また安定構造に対して振動数計算を行うことで基準振動モードや赤外強度、ゼロ点エネルギーが得られます。 上記の方法で得た調和振動近似による振動数は、実測値と比較すると一般に非調和性のため計算値が大きくなります。 そのため、振動数の計算値にスケーリングファクター(SF)を掛けて補正を行っています。SFは実験値を計算値で割ることで算出されます。

3.ラマン分光による高圧下における有機結晶の分子間相互作用の解明

ダイヤモンドアンビルセル 目的の物質が、高圧下において分子同士の相互作用がどのように起こるのかをRamanスペクトルを測定することによって研究しています。 高圧下の測定を可能とするためには、ダイヤモンドアンビルセルと呼ばれる右図のようなセルの中に目的の物質を封入して、 その物質に1〜10万気圧程度の圧力をかけます。ダイヤモンド側からレーザー光を入射しラマンスペクトルを測定します。 圧力をかけると分子同士は分子間距離が近くなり、それに従って近接した分子同士が影響を及ぼしあいます。 その影響を振動運動という分子を構成する原子の動きにどのように現れるかを見ることによって、 これらの物質が圧力下においてどのような影響をお互いに及ぼしあっているのかを研究します。

具体例としてファンデアワールス力で結合しているような分子性結晶と呼ばれる物質(ベンセン、ナフタレン等)に 圧力をかけると、原子同士の斥力の効果が支配的となり、振動数はほとんど例外なく高い方にシフトします。 このシフトの大きさは着目している振動によって異なり、大きくシフトする分子は周りの影響を強く受けるということができます。 分子の立場から見ると分子内の原子間の結合が見かけ上強くなったとも言えます。一 方水素結合を形成するような分子(水など)は圧力をかけるとより水素結合が強くなり、 水素結合に関与する原子同士の振動は逆に弱くなります。これは分子同士が近づくことによって、 先ほどの例とは逆に水素結合に関与する原子同士に引力的な力が働くため、 分子から見ると分子の中の原子同士の結合が弱くなって、振動数が低下するものと解釈されます。

さらに水素原子は周期律表ではアルカリ金属であるLiの上に載っていますが、 水素は通常H2という分子を形成し常温常圧では気体です。 金属とはある原子は特定の原子と結合しているのではなく、 周りにあるどの原子とも同じように結合しているということもできます。 水素も低い圧力ではある水素原子はある決まった水素原子と結合して水素分子を形成しています。 しかし、これに圧力をかけると水素原子はどの水素原子と結合しているのか分からなくなります。 従って水素も圧力をかけることで金属になることも可能です。

またこのような高圧というのは我々の身の回りではあまり見かけませんが、地球内部では高温高圧の状態であり、 ここでは様々な化学変化が起こっており、このような高圧下での分子の振る舞いを調べることによって、 化学にとって重要な情報である分子のもつ基本的な性質を調べることができます。

用語



LIF法 (レーザー誘起蛍光法)

LIF(Laser Induced Fluorescenceの略)法とは、 超音速ジェットにより極低温に冷却した分子に紫外や可視領域のレーザー光を波長掃引し、 分子の電子スペクトルを測定する方法です。

極低温に冷却された分子は電子基底状態の零点エネルギー準位に分布しています。 レーザーの波長がS0とS1の振動準位間のエネルギーと一致した時、分子が励起されます。 励起された分子は時間経過によって安定な状態である基底状態に戻り、 その時に発光する蛍光を観測したものがLIFスペクトルです。 この蛍光を光電子増倍管で検出しながらレーザーを波長掃引することで 励起状態におけるエネルギー準位構造についての情報を得ることが出来ます。

FDIR法(蛍光検出赤外分光法) 

FDIR FDIR(Fluorescence-detected IR)法はまたの名をIR-Dip法とも呼ばれ、 通常の赤外吸収法では測定できない程の希薄な状態の分子に対する振動スペクトルを観測する方法です。 まず紫外レーザーを目的の分子またはクラスターの電子遷移に一致する波長で照射し、 電子励起状態からの蛍光をモニターし、そこに、紫外レーザーより数10 ns先に赤外レーザーを波長掃引します。 赤外レーザーが分子の振動励起エネルギー準位に共鳴すると、一部の分子が振動励起状態へ遷移し、 電子励起状態へ遷移する分子数が減少します。これにより蛍光が減少し、赤外吸収がDipスペクトルとして観測されます。 赤外吸収スペクトルは分子の振動に関するデータであるので、分子の構造を帰属するうえで重要な情報になります。

Raman Spectra

ラマン散乱 インドの物理学者 Raman は物質に光を当てると、 右図に示すように当てた光と異なる波長の光が散乱されることを発見し、 この当てた光のエネルギーと散乱された光のエネルギーの差は分子の振動準位に基づくものであることを発見した。 この業績に対しRamanはノーベル物理学賞を受賞した。 散乱する波長と元の光のエネルギー差は物質の振動エネルギーと一致ので、レーザー光のような単一波長の光を当てると、 物質に特有のラマン散乱光を出し、Raman 散乱光と当てたレーザー光のエネルギー差から物質の振動エネルギーが得られる。

Vibration Spectra

分子を構成する原子はミクロに見ると決して静止しているわけではなく、絶えず運動をしている。 N個の原子からなる分子は3N−5(直線分子では3N−6個)の基準振動と呼ばれる独立した振動を行っている。 分子のこの独立した振動は量子論によると、それぞれ決まったエネルギー状態しか存在することができず、 この間隔は分子毎に異なっている。 Raman 散乱や赤外吸収法はこの振動エネルギー準位間の遷移を測定している。 ラマン散乱は入射した光と散乱された光のエネルギーの差から振動準位のエネルギーが求まる。

赤外吸収法は振動準位間のエネルギー差に相当する光を直接試料に当てて、 その吸収されるエネルギーから振動準位を求める。

分子に対称中心がある場合(例えばベンセンやエチレンなど)は赤外吸収スペクトルとラマンスペクトルに現れるバンドは 全く異なっており(相互禁制則と呼ばれる)お互い相補的なバンドを与える。 対称中心をもたない分子では相互禁制則は厳密には成り立たないので、 赤外ラマン共に同じバンド位置にピークを与える場合が多い。しかし強度については2つのスペクトルは異なっており、 ラマンに強く現れる振動、赤外に強く現れる振動がある。 特に赤外振動については置換基に特有の振動が強く現れる場合があり、それらのピークは特性振動と呼ばれ、 しばしば化合物の同定などに使われる。

Quantum Chemistry

電子や原子核などミクロの世界を扱う物理学の基本法則である量子力学に基づいて、 分子の構造や性質などの化学的性質を解明しようとする物理化学の一分野。 近年の計算機の急速な発達により、量子力学の基本方程式であるシュレディンガー方程式を解い て分子の構造や性質などをかなり正確に予測できるようになった。

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