細胞周期研究の流れ サイクリン-CDK複合体群とその阻害剤 細胞周期の制御
真核生物のDNA複製開始制御機構 チェックポイントの監視 pdfファイルの
我々の体の中の細胞の大部分は,組織の損傷などで細胞の再生が必要な場合を除いて,細胞分裂をしていない。しかしながら,ある限られた細胞は一定の頻度で増殖する。このような細胞を“細胞周期にある”という。細胞周期には4つの決まった順番の期が存在する。これらをG1期,S期,G2期,M期と呼ぶ。細胞周期の進行は3つのチェックポイント(check points)で監視されている。
@ G1チェックポイント:
 栄養や増殖因子が存在するか?
 DNAの修復は完了したか?
A G2/Mチェックポイント:
 染色体DNAが分配が可能か?
 DNA複製は完了したか?
 DNA損傷の修復は完了したか?
B 分裂中期または紡錘体形成チェックポイント:
 紡錘体の形成は完了したか?
これらのチェックポイントでは2種のタンパク質 [タンパク質リン酸化酵素(サイクリン依存性キナーゼ,CDK)とサイクリン]から成る複合体が中心的役割を果たす。
  1. サイクリン依存性キナーゼ CDK(cylcin-dependent kinase)
    34 kDa, Ser/Thrキナーゼ [触媒サブユニットに相当]。数種ある。
  2. サイクリン(Cyclin)
    50〜60 kDaのタンパク質 [調節サブユニットに相当]。多くの分子種が知られている。


1. 細胞周期の異なる期にある細胞の融合実験(Rao & Johnson, 1970年)
a) M期が最も優位であった⇒ M期誘導因子の存在を示唆。
b) 次にS期が優位。S期が終了しないとG2/M期に入らず⇒ S期終了のモニター機構の存在を示唆。
c) M期を経ないと再びS期に入らず⇒ DNA再複製の禁止現象。
2. 卵成熟促進因子(maturation-promoting factor: MPF)の発見(増井や金谷, 1970年代)
MPFはカエルやヒトデの卵成熟を誘導する因子として見出されたが,真核細胞のM期に普遍的に存在することがわかった⇒ M期促進因子(M-phase promoting factor) と再命名された。
3. 酵母の細胞周期制御に関する遺伝学の研究(Hartwellら, 1970年代)
cdc変異株*の研究から,出芽酵母のCDC28遺伝子,分裂酵母のcdc2遺伝子が同定された。
cdc2のヒトホモログの単離・同定(Nurseら,1987年)⇒ Cdc2 (CDK1)は全真核細胞に共通の酵素!
*cell division cycleの略。
4. サイクリンの発見(Hunt & Ruderman, 1980年代)
海産無脊椎動物卵の細胞周期の進行に応じて周期的に変動するタンパク質(サイクリン)を発見
⇒ サイクリンA,Bと命名された。これらはM期の終わりに消失する。
1986年にcDNAがクローニングされた。そのmRNAをカエル卵に注入すると卵の成熟が誘起された。
5. MPFの単離(Lohka & Maller, 1988年)
カエル卵の精製MPF: 34kDaと46 kDaの複合体で,Ser/Thrキナーゼ活性をもつ。
分裂酵母ではCdc2とCdc13(酵母のサイクリンB)の複合体。⇒ MPFの実体はCdc2とサイクリンBの複合体。



Cdc2(CDK1)とサイクリンA,Bが発見されたが,細胞周期はこれらだけで制御されるのか?
後に多くのCDKとサイクリンが発見され,細胞周期の各段階は,異なるCDK-サイクリン複合体で制御されていることが明らかとなった。また,細胞周期を制御する第3の分子,CDK阻害因子(CDKインヒビター)が発見され,細胞周期の制御は極めて複雑な機構であることが分かった。さらに,細胞周期では,サイクリンの合成だけでなく,プロテアソームによる分解が重要な役割を果たしている。
1. サイクリンファミリー
M期はCdc2 (CDC28)とサイクリンB[Mサイクリン]複合体で制御されることが分かったが,G1期はどのように制御されているの か?
 ⇒ G1サイクリンC, D, E, F, G, H, I, Tの発見へ。
現在,哺乳類では約20種のサイクリンが見つかっている。A1, A2, B1, B2, C, D1, D2, D3, E1, E2, F, G1, G2, H, I, K, T1, T2a, T2b
サイクリンT-CDK9はRNAポリメラーゼのC端ドメイン(CTD)をポリリン酸化し,転写を促進する。
2. CDKファミリー
酵母の遺伝子cdc2(CDC28)は1種のみ。高等真核生物ではCdc2と似た遺伝子が9種ある。
3. CDK阻害因子
酵母のtwo-hybrid法を用いた研究から,サイクリン-CDK複合体に結合し,活性を阻害するタンパク質群CDK阻害因子(CDK inhibitor, CKI)が発見された(1990年代半ば)。これらは次の2つのファミリーに分類される。いずれも,G1チェックポイントに関与する。
 @Ink4ファミリー: p15Ink4b, p16Ink4a, p18Ink4c, p19Ink4d
アンキリンリピートが存在。サイクリンD-CDK4,6を阻害する。サイクリンと拮抗することで,CDKの作用を抑制する。

 ACip/Kipファミリー: p21Cip1, p27Kip1, p57Kip2
            CDK結合領域が存在。サイクリンE-CDK2複合体に結合し,CDK活性を阻害する。

p21Cip1はPCNA結合領域をもち,また,老化細胞の増殖停止にも関与する。
4. 細胞周期の制御とサイクリン-CDK
G1期の通過: サイクリンD-CDK4
S期の開始: サイクリンE-CDK2
S期の通過: サイクリンA-CDK2
G2期の通過: サイクリンA-CDK1(Cdc2)
M期の開始: サイクリンB-CDK1(Cdc2)
また,種々のサイクリン-CDKの活性化に
サイクリンH-CDK7複合体(CAKなど)が必要。
CDKがエンジン,サイクリンはアクセル,CKIはブレーキ。



チェックポイントの概念(Hartwell, 1989年):
「細胞周期では,後のイベントの開始は前のイベントの完了を待って実施される。前のイベントが終了するまでは,後のイベントには負のフィードバックがかかる。」
G1からS期への移行の制御 (G1チェックポイントの分子機構)
 G1期の通過とS期への移行はサイクリンD-CDK4とサイクリンE-CDK2複合体が制御している。
増殖刺激によりサイクリンDが合成され,CDK4と結合する。複合体はCAKによりリン酸化され活性化され,次いでRbタンパク質をリン酸化する。Rbがリン酸化されると結合している転写因子E2Fが離れ,サイクリンEなどのS期進行やDNA複製に必要な遺伝子群の発現が誘導される。サイクリンEはCDK2に結合してRbをさらに活性化して自らの発現を亢進するとともに,p27Kip1(CKIの1つ)をリン酸化してその分解を促進する。これらにより,S期への進行が実現する。幾つかの段階で,CKIはS期への移行を抑制する。S期に入るとサイクリンEはユビキチン-プロテアソーム(pdfファイル)系*で分解される。
*サイクリン-CDK複合体の活性は,サイクリンやCKIの分解によっても調節される。この分解はプロテアソームによるユビキチン依存性のものである。G1/S期サイクリンやp27Kip1の分解に関わるE3はSCF(Skp1-Cul1-F-boxタンパク質から成る複合体)である。
F-boxタンパク質が標的を認識する。
● Rbタンパク質とは
 網膜芽細胞腫(retinoblastoma)の原因遺伝子RB産物である。ヒトRbは928残基から成り (110 kDa),遺伝子(200 kb)は27エクソンから成る。ガン抑制遺伝子の1つである。
 細胞周期のG1期にはリン酸化されていないが,S期になる直前で多数のリン酸化を受ける。細胞内では転写因子E2F‐1〜3を結合し,その働きを抑えている。Rbがリン酸化されると不活性型になり,E2Fが遊離する。E2FはS期の初期遺伝子群を活性化する。
● E2Fは転写因子
 ロイシンジッパー構造をもち,TTTCGCGCに結合する転写因子。DP1/2とヘテロ二量体を形成して存在する。E2F-1〜6がある。
M期への移行の制御(G2/Mチェックポイントの分子機構)
 M期の開始は上で述べたMPF (Cdc2とサイクリンBの複合体)によって制御されている。Cdc2(CDK1)のキナーゼ活性は,Thr14, Tyr15, Thr161のリン酸化の状態によって調節される。すなわち,Thr161だけがリン酸化されている状態が活性型で,3つの残基が全てリン酸化または脱リン酸化された状態は不活性である。
脱リン酸化型
(不活性)
高リン酸化型
(不活性)
低リン酸化型
(活性)

 サイクリンBがS期で合成されCdc2と複合体(MPF)を形成する。このときCdc2は脱リン酸化型なので,MPFは不活性である。G2期に入ると,Cdc2は3種のキナーゼでリン酸化される(Myt1がThr14をリン酸化,Wee1がTyr15をリン酸化,CAKがThr161をリン酸化する)。この高リン酸化型Cdc2も不活性である。サイクリンB-Cdc2複合体はG2期には主として細胞質に存在し,G2期終了時に核に移行する。
 次に,タンパク質チロシンホスファターゼCdc25 (ヒトでは25A, 25B, 25Cがある)がCdc2のThr14, Tyr15を脱リン酸化すると,複合体は活性型MPFに変換され,これがCdc25Cをさらに活性化する一方で,Myt1とWee1をリン酸化して不活性型に変えて再び不活性化されるのを防ぐ。MPFは核膜の裏打ちタンパク質ラミンをリン酸化して脱重合させ,核膜の崩壊を導く。これにより,細胞周期はM期へ進行する。Cdc25の活性はタンパク質ホスファターゼPP2Aによって,調節される。

● M期サイクリンの分解
 M期サイクリンを分解してM期脱出に関わるE3はAPC/C (anaphase-promoting complexあるいはcyclosome)と呼ばれる。
● タンパク質(Ser/Thr)脱リン酸化酵素(protein phosphatases, PP)
 PP1, PP2A, PP2B, PP2Cが知られている。PP2Aはヘテロ二量体または三量体。a,bの2つのイソフォームがある。二量体は触媒サブユニットCと調節サブユニットAから成り,三量体ではこれにBファミリータンパク質であるB(PR55), B’(B56), B’’(PR72)が結合。Bファミリーにはa, b, gの3つのイソフォームや多くのスプライス異性体がある。
紡錘体形成チェックポイント
【染色体の分離機構】
 細胞分裂中期までは,姉妹染色分体はコヒーシンによって架橋され合着 (cohesion)している。コヒーシン(cohesin)は,染色分体にアンカーするSmc1/Smc3と,その間を架橋するScc1/Scc3から成っている。
 一方,セパリン(separin)にはセキュリン(securin)が結合してその機能が抑制されている。染色体の分離は,先ずセキュリンがCdc20依存的にAPC/Cを介してユビキチン化され,プロテアソームで分解されることで開始される。セキュリンの分解で遊離したセパリンが,コヒーシンの成分であるScc1/3を分解する。この結果,染色体の分離が起こる。

【紡錘体形成チェックポイントの発動】
 細胞分裂中期において,姉妹染色分体が紡錘体赤道面に並列していないなどの異常があるとセンサーが認識し,チェックポイント機構が発動される。

異常の例:
染色体セントロメア上のキネトコアへの紡錘体微小管の結合不完全。
姉妹染色体の両側にある微小管の間の張力の不均衡。
 キネトコアのキネシン様タンパク質CENP-Eがセンサーとして働き,この異常をBub1がキネトコア上でMad2に伝達。活性化Mad2はCdc20に結合し,そのAPC/C活性化能を抑制。その結果,セキュリンのタンパク質分解が抑制され,染色体の分離が妨げられる。その結果,合着が保たれ,分裂中期がそのまま維持され,染色体の異常な分配を阻止。



真核生物では数十kbに1ヶ所くらいの割合で存在する数万ヶ所の複製開始点(オリジン)から複製が開始される。複製開始に必要な6種のタンパク質(Orc-1〜6)がオリジンに結合している。これをpost-RC (post-replicative complexという)。
 M期後期にCdc6が結合し,さらに,6種のMcm (minichromosome maintenance) タンパク質 (Mcm2〜7) から成るMcm複合体がOrc-1〜6に結合する。M期後期でのこの状態をpre-RCという。
 G1期に入ると,サイクリン-CDK1によってCdc6がリン酸化され,ユビキチン依存性プロテアソーム系で分解される。これがS期移行のシグナルとなる。これにCdc7/Dbf4キナーゼ複合体が取り込まれ,Mcm複合体をリン酸化し,Mcm4, 6, 7のもつヘリカーゼ活性を刺激する。さらにCdc45が結合し,これが第2のシグナルとなって,DNAポリメラーゼをリクルートしてS期が開始される。DNA複製が開始されると,Cdc7/Dbf4キナーゼ複合体はDbf4をリン酸化して,Orc-1〜6から離れる。複製が終わるとMcm複合体がDNAから解離しpost-RCの状態に戻る。細胞周期でS期に1回だけDNA複製が起きるのは,pre-RC状態がM期後期で1回だけ起こるためである。


出芽酵母の複製開始モデル
Orc1-6: ORC複合体(Orc1: Cde18と相互作用,Orc2: Cdc2でリン酸化),Cdc6: ATPase/GTPase,
Mcm複合体: Mcm4/6/7はヘリカーゼ,Cdc7: Ser/Thrキナーゼ(Dbf4と複合体形成),Dbf4: Cdc7と結合,
Cdc45: DNAポリメラーゼのDNAへの結合を仲介。


【DNA損傷・複製阻害の場合】
 紫外線・g線照射などによるDNA損傷や,ヒドロキシウレアやアフィディコリンなどによるDNA複製の阻害がある場合,細胞周期は停止する。このような異常はセンサーによって感知され,PI3キナーゼドメインをもつ核のヒトATMやATR などのタンパク質キナーゼの活性化を引き起こす。ATMやATRは,別のタンパク質キナーゼであるChk1やChk2を直接リン酸化してそれらの活性を亢進する。その後のシグナル伝達過程は細胞周期に依存する。
@ G1期の場合: ATMが活性化されるとp53のSer15がATMやChk2でリン酸化され,MDM2 (p53のユビキチン依存性分解に関わるE3)がp53から離れ,p53が安定化する。p53は転写因子なので,p21Clip1の転写を誘起し,p21Clip1を合成する。これがサイクリンE-CDK2を阻害してS期移行を抑制する。DNA損傷がひどい場合,p53は細胞のアポトーシスを誘導する。
A S期の場合: 同様にして発現したp21Clip1がPCNA(DNA複製におけるクランプ)に結合してDNAポリメラーゼd活性化能を抑制し,DNA複製が停止する。また,BRCA1のリン酸化を介した相同組換え修復が惹起される。
B G2期の場合: ATRやATMがChk1やChk2を活性化する。これらがCdc25CのSer216をリン酸化して,その脱リン酸化活性を阻害する。あるいは,Cdc25を核から排除する。結果として,サイクリンB-Cdc2の活性化ができなくなる。一方,Chk1/2はWee1をリン酸化して活性を亢進し,サイクリンB-Cdc2の活性化が抑制される。また,p53は14-3-3sを誘導し,これがCdc25CのSer216に結合してCdc25Cの核からの排出を誘起し,細胞周期をG2期で停止させる。
p53 ---ゲノムの管理人(guardian of the genome)---
 p53は,SV40ラージT抗原に結合するタンパク質として同定された(Lane, Levine, 1979年)。当初はガン遺伝子産物と考えられたが,後に,ガン抑制遺伝子と分かった(1988-1989年)。ヒトのガンの約50%で,p53に変異・失活が見られる。CDK阻害剤p21Waf1を誘導することから,p53は転写因子の1つであることが分かった(Vogelstein, 1993年)。p53はG1/SおよびG2チェックポイントに深く関与する他に,アポトーシスを誘導する能力や,M期では染色体の分配に主要な役割を果たす中心体の数を決定する制御因子の1つでもある。
 p53遺伝子はヒト染色体17p13に,マウスでは第11染色体にあり,11個のエクソンから成る。酵母にはないがショウジョウバエにはある。ヒト,マウスp53はそれぞれ393,390残基から成り,3つのドメインで構成される。
p53分子のドメイン構成
 通常,p53は4量体で存在し,細胞内に少量しか存在しない。これは,MDM2 (p53の分解を促進するE3)が結合して分解が促進されているためである。そのため,半減期約20分である。ATMやATRでSer15がリン酸化されたり,p19ARFがMDM2に結合してその活性を阻害すると,p53はMDM2から離れて安定化・活性化する。